【青島食堂 宮内駅前店】生姜醬油ラーメン発祥のお店

長岡市
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生姜醬油ラーメン発祥のお店「青島食堂」

昭和36年(1961年)創業、今年で65年目となります。

宮内駅前店は青島食堂の中でもっとも歴史の古いお店で、創業当初の面影を今なお残したノスタルジックな外観が歴史を物語っています。

こちらの宮内駅前店が始まりのお店だったのかどうかは定かではありませんが、年季の入った建物から、おそらくここなのだろうと推測されます。(違ってたらごめんなさい)

コメントを寄せてくれた方の貴重な情報により、青島食堂の始まりのお店が、徐々に明らかになってきました。
1975年(昭和50年)頃、宮内駅前店の裏手にある駐車場のあたりにカウンター10席程度の小さなお店が始まりのお店である可能性が高くなってきました。!
青島食堂の歴史についてベールに包まれた部分が多かったので、大変貴重な情報をありがとうございました。

「青島食堂」

今では地本、長岡だけでなく、新潟県を代表する人気店となっており、その味は東京の秋葉原店でも味わうことができます。

「生姜醤油ラーメン」の発祥のお店としても知られ、今では全国からラーメンマニアの方が訪れる生姜醤油ラーメンの聖地でもあります。

青島食堂は長岡市の宮内地区に4店舗「宮内駅前店」「宮内店」「曲新町店」「曙店」、新潟市内に2店舗「東堀店」「朱鷺メッセ店」、東京に1店舗「秋葉原店」の7店舗あります。

青島食堂の歴史

60年以上前から長岡市で親しまれていた味は、今では新潟県を代表する味となり、全国各地でインスパイアされたラーメンが食べられるようになりました。

青島食堂の歴史は古く、その詳しくはベールに包まれていますが、昭和36年(1961年)に創業、もともとは店名の通り「大衆食堂」だったようですが、ラーメンの注文がダントツ多かったことから次第にラーメンだけへとシフトしていったそうです。

ベースとなるスープは、豚骨の臭みを消すために大量のショウガを使って完成したスープが今の原型のスープなのです。

青島食堂は現在7店舗を展開しておりますが、その中で最も古いお店が「宮内駅前店」です。

一番古いお店なのでここが本店なのかな?と思いきや本店自体は存在しないようで、実質「曲新町店」が本店的存在、「宮内店」で麺、「曙店」でスープを作っているそうです。

宮内地区に4店舗ってなぜ?

長岡市にある4店舗「宮内駅前店」「宮内店」「曲新町店」「曙店」は、すべて同じ宮内エリアに集中しているのです。「宮内店」と「曲新町店」に関しては道路を挟んで向かい同士です。

新たに支店を出すなら新たな顧客層を開拓するために新しいエリアへ商圏を拡大するのが一般的だと思うのですが、なぜ青島食堂は同じ地区に4店舗も展開したのでしょう?

 特定の地域に集中的に支店を展開(ドミナント戦略)することで、そのエリアでのブランド認知度を高め、顧客の利便性を高めて地域シェアを獲得することができるのです。

わかりましたか?ここ重要ですよ!テストに出るから、しっかり覚えておくように!・・・・・何のテストやねん!

つか、ただ単に、近くの方が都合が良かったからちゃいますの?

宮内駅前店は、宮内駅のすぐ前にあるので交通手段が電車の方でも利用しやすいお店ですよね~^^

車でお越しの方でも、お店のすぐ裏に専用駐車場がありますのでご安心ください。^^

数えていませんが、20台くらいは止めれそうです。(数えてないんかい!)

11時チョイ前くらいに着いたら10人ほど並んでいたので私たちも並びに加わったら、11時前でしたがオープン!

メニュー

  • 青島ラーメン ¥900
  • 青島ラーメン(大盛) ¥950
  • 青島チャーシュー ¥1000
  • 青島チャーシュー(大盛) ¥150

麺の量は普通盛りが175g、大盛が250gとなっております。

青島ラーメン ¥900

豚骨や鶏ガラなどの動物系の出汁と、玉ねぎ、りんご、ニンニク、などの香味野菜に高知産のショウガを合わせたものがベースのスープ

チャーシューを煮詰めた醤油ダレを合わすと、濃口の醤油の風味とコク深いスープに生姜の鮮やかな風味が加わり極上な醤油ラーメンに仕上がっています。

トッピングはチャーシュー、メンマ、ホウレン草、小口のネギ、海苔、ナルト。

60年前から変わらぬスタイルで提供されていたラーメンこそが長岡生姜醬油ラーメンの原点だったのです。

麺はすべて宮内店の製麺部にて作られています。

自家製の中細麺。若干の縮れがあります。もちもちしてスープとの相性抜群です。

青島食堂に限らず、長岡生姜醬油のお店の麺は柔らかめの茹で具合が多いんですが、私はこのくらいの茹で具合が一番生姜醤油ラーメンに合っている柔らかさだと思います。

ちなみに「麺硬め」「麺柔らかめ」など茹で具合のコール「アリ」です。

青島チャーシュー

青島チャーシューは薄くスライスされた豚肉がたっぷりと入っています。肩ロース、ロース、バラ、モモなど様々な部位が混在しているので、異なる肉質の食感が楽しめます。^^

醤油ベースのスープは雑味なく奥深い味で、ほんのりと生姜が効いたすっきりタイプ。新潟県民は濃口の醤油味を好む傾向にあるため、このしょっぱさが「どストライク」!
長岡市に限らず、新潟県内、さらには全国にも多くのファンがいます!

長岡で長年愛され続けている味こそ、生姜醤油の原点だったのです!

 

 

青島食堂 宮内駅前店

電話:0258-34-1186

住所:新潟県長岡市宮内3-5-3

営業時間:11:00 – 19:00

定休日:第3水曜日(1月1日休み)

駐車場:20台

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コメント

  1. プーちゃんママさん、こんにちは(^^)/

    青島食堂さんの本店って… どこなんでしょうね(?_?)
    フランチャイズ店では無いようですから、どこかしらが本社なのでしょうね(法人登記の関係から必要だと思います)

    以前あった万代と西堀店は既に撤退されていますが、新潟県においては駐車場を有さない店舗は運営上で厳しい1面があるのでしょうか。
    本県は車社会で形成されている地方ですから、店舗はむしろ郊外に構えた方が良いのではと考えます。
    ただ飲食店だった店舗を再利用するという事であれば、市街地の方が店舗候補は増えますけどね。

    以前もお伝えしましたが、青島食堂さんは長岡駅東口近くにもお店がありました。
    こちらは良く通ったのですが、曲新町のお店とは若干味が違っていたような記憶です。
    ラーメンソムリエの私が言うのですから間違いありません!
    自慢じゃないけど私は『チャルメラ味噌』と『サッポロ一番みそラーメン』との区別が出来ない神舌を持っているのです(誇り)
    私が初めて青島食堂さんを訪問したのが昭和50年代初頭でした。
    当時は曲新町店は無かったかと思いますし、宮内駅前店もあったかどうか記憶に残っていません。
    訪問したお店は現在の宮内店近くにあった小さな店舗だったと記憶にあるのです。
    その時の店主さんが初代かと思います。
    長岡生姜醤油ラーメンを初めて食べた印象はあまり強くは残らず、むしろ自分の口には合わないような気持ちが残りました。
    それはやはり自身の出身地が燕市だった事もあり、麺の太さやスープの違いなどから好印象を残せなかったのかもしれません。
    しばらくは青島食堂さんに足を運ぶ事はありませんでしたが、後年何度か訪問するようになってからはすっかり虜になってしまいました。
    それは年齢を重ねたせいでもあったり、ヒグマ本店さんからの影響も強くあっとではないかと思っています。

    新潟5大ラーメンなどというおかしな区画整理がありますが、地域に関係なく美味しいラーメンは旨いのです。
    どこのご当地ラーメンがどこの場所にあろうが美味しいお店は長く愛され続け、地元民はそれを大切に守り誇りにしているのだと思います。

    これでラーメン党の党首、トッキィの政見放送を終わります。
    ご清聴、ありがとうございました。

    • トッキィさんへ
      こんばんは〜
      ラーメン党 党首だけあって興味深い話しがありますね〜

      青島食堂も歴史があると思いますが、本店は?!って思うことがあったのですがよくわからなかったけど、昭和50年代初頭の話はかなり貴重ですね!
      その現在宮内店近くの小さなお店が有力候補ですね。それを食べてるなんて良い話しですよ。
      なんせ原点の可能性高めですから当時よく生姜醤油を考案してくれましたね。
      今ではあちこちにあるし有名店もたくさんでフランチャイズまでありますよーって聞かせてあげたいです。

      青島食堂もお店によって味が違うのはありますよね、それでも「ウマイ」これに尽きますね。
      さすがです、おかげでヒグマも「ウマイ」ですもん。

      ところで、区別ができない神舌を持つラーメンソムリエ?!(^^)vとのことですが私チャルメラの味噌があるの知りませんでした〜!
      イヤ〜為になりますね~♪
      (トッキィさんはヒグマだと味噌も食べたりするのでしょうか)
      私のヒグマデビューが味噌でした、周りから「なんで!」とかなり言われまして…

      今度チャルメラの味噌食べようと思います^ ^

  2. 確か私の記憶では50年位前に青島食堂駅前店の路地裏(現在は駐車場)の場所にカウンター10席位だったと思います
    ※兄に連れてもらったので確信はありません
    ラーメンみずさわさん(北長岡駅前店)は青島食堂の一番弟子の暖簾分けの方だと聞いています

    • 目黒 誠さんへ
      こんばんは
      宮内駅前店に食べに行った時駐車場に止めました。(トッキィさんから)有力な話から駐車場にお店があったのかなと思いましたがやはり今の駐車場の場所が始まりだったんですね。
      カウンター10席でも人気あったんでしょうね、今の味とそんなに変わらないと思うので相当美味しいラーメンで有名になっていくわけですね。
      今でこそいろんなお店が生姜醤油出してるけど宮内駅前店の味は違いますね〜雰囲気がいいですよね。
      北長岡駅前店のラーメンみずさわさんでは食べた事ないのですが吉田店と新潟東区では何回も食べてます。
      お弟子さんが継いでる事がありがたいです。
      貴重な情報、ありがとうございました。

  3. 最初のお店(創業当時のお店)
    私が農業高校に通っていた 昭和48年〜51年当時 現在の「宮内駅前店」のすぐ裏手、駅前通りから一本入った狭い小路(路地)に店舗がありました。当時は建物も古く、まさに「地元の食堂」という佇まいでした。配膳時、親指がスープに触れていたことを覚えています。
    現在の宮内駅前店の辺りには、タクシー会社があったと思います。
    およそ50年前の事ですが間違いないと思います。

    • 無窮さんへ
      こんばんは
      無窮さんや、目黒さんのお話から最初のお店は店舗裏の駐車場あたりにあったようですね。地元の方のお話が一番参考になります。
      昭和48年〜51年頃のお店は食堂だったみたいですね、昔は食堂にラーメンが普通の事ですが、さすがに美味しいラーメンで人気になったのでしょうね。当時もお客さん多かったのでしょう、それで場所も移したのかなと思うのですが。
      今から50年前となれば佇まいも古めかしい食堂でしょうね、配膳時に親指がスープに付いてるのも店主の雰囲気があっていいですね〜
      今の宮内駅前も雰囲気あってまた行きたいお店です。
      タクシー会社も移転したのかもしれませんね。青島食堂の始まりが分かり始めましたが長年各店主さんが頑張ってますね。
      貴重な情報ありがとうございました。

    • こんばんは
      そこは以前仕立屋さんだった場所で二軒目のお店にですね

      • 廣井昭さんへ
        あー、そこは仕立て屋さんで2軒目ですか^^
        (ストリートビューで見てみました)

  4. 確かに「熱いですよ」と言いながら指が入ったまま配膳していまた!
    現在は閉店していますが長岡駅裏に、とうちゃんラーメンの店主さんも「熱いです」と言いながらしっかり指が入っていました
    何か懐かしいですね…

    • 目黒さんへ
      こんばんは〜
      「熱いですよ」と言いながら指あたってるのなんか想像つきます(笑)
      長岡駅裏のとうちゃんラーメンはコメントで他の方も名前出してましたが知らなくて残念です。
      主人が幼い頃、立川病院にお見舞いに行く途中でとうちゃんラーメンのお店があったのは見た事あると言ってました。
      気になってググってみたらこのお店が大好きな人のコメントがいっぱい出てました、それをみたら食べてないけど昭和のいいお店がなくなるのがさみしくなりました。
      こちらのお店も指が…いい思い出ですね。

      • とうちゃんラーメンの店主は青島にいた人だったな、青島には似た味だったが別物、どんぶりの表面に油がたっぷりと張っていてスープは激熱だった。

        • 廣井昭さんへ
          こんばんは
          父ちゃんラーメンの店主さんも青島出身なんですね。青島出身だとみなさんいいお店になってますねー^^
          でも別物。。。がいいですねー
          表面が油たっぷりって結構美味しそうです、たしかに激熱はわかります食べ終わっても熱いくらいのありますよね。
          行ってみたかったです。残念。

  5. 元祖青島食堂の位置間違っています。最初の青島は宮内交差点に五十嵐旅館そのとなりに田村書店そのとなりに今は川崎床屋さんの場所に本多だったか本田お菓子屋さんがありその隣に小さい店舗をかまえていました。旧国道17線沿いでした。最初から親父のワンオペで出前もやっていました、当然親父が出前に出ると店は不在になりましたが誰も文句も言わずもくもくと食べていました食い逃げも結構あっような。ラーメンしかなく一杯100円しなかったと記憶しています。1日に100杯売らないと店を閉めないので夜10時過ぎても店が開いていたのもよくあったな。とにかく店も調理場も尋常でない汚さでかうよく保健所が入って営業停止になっていた。

    • 廣井昭さんへ
      こんばんは
      詳しい位置情報ありがとうございます。
      今までの話から今の駐車場辺りと思っていましたが駐車場の横向こう側、旧国道17号線沿いですね。(今の川崎床屋さんありました)
      親父さんのワンオペで出前しながらですか〜忙しいしけど出前に出たら会計はお客さんに任せていたんですね。
      その頃100円しなかった!のは相場的にどうだったんでしょうかね、当時からしても安かったのかな。
      1日に100杯と目標立てて頑張っていたんですね〜そこから宮内駅前店につながるわけですね。
      詳しい内容になんとなく目に浮かぶ感じでした。原点を知ってる人は懐かしいでしょうね。

  6. 私は今年66歳になりますので、中学2〜3年の頃、南中学から自転車に乗り、部活帰りにみなさんが言っている今の宮内駅前店の裏、のカウンターだけのお店へ通ったものです。なので40年は前の事なのかと、指、は確かに、と、
    当時からあの大きなゆで窯で、麺を茹でていてと、チャーシューの量は棟半端なく、、と、ラーメンで今のチャーシュー麺以上に入っていたような記憶が。新潟市には今から30数年前に出店、鳥屋野のショッピングセンター内と、関新のあたりに、ただし・青島ラーメンぽさは無く。人気にはならなかったようで、今の東堀店ができる何年も前のことである。

    • 魔神BOOさんへ
      こんばんは
      部活の帰りは最高ですね~しかも中学で自転車乗れるのは羨まし~です。
      40年前でカウンターだけだとみなさんの言ってる始まりのお店でしょうね。やはり指が。。。。
      今のチャーシューより多かったなんていい時代ですよね。おやじさん頑張ってたと思いますね。
      ところで新潟市の話は全く知らなかったです、鳥屋野ショッピングセンターと関新あたりですか。。。東堀店は人気ですね。
      東堀店より前にあるということはお弟子さんがすでに何人もいたんでしょうかね。
      いい情報ありがとうございました。

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